斉藤としつぐ
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Q&A

議院内閣制を採用しているわが国において、事実上首相を直接国民が選ぶという制度は、憲法の趣旨に反すると考えるが?
 首相民選制は、首相選択に関する国会の意思決定のプロセスに、首相個人の力量と具体的政策に関する国民の判断を取り入れるものであり、議院内閣制を強固にしようとするものである。
 議院内閣制の長所は、たえず国会に体現される民意を内閣に反映できる点にある。しかしながら、その時々の政治状況によっては多数派形成が国民の目の届かぬ舞台裏の駆け引きに委ねられてしまい、長所が失われる危険を常に伴っている。この危険の原因は、政治が持つ建前と本音の矛盾や、党利、派利、個利の混在等からであって、制度のせいにするのは本質を見誤るものであるとの批判がある。その通りである。
 しかし、制度を改良することによって政治がよりよいものになるのであれば、果敢に改良を試みるのが政治家の責務である。首相民選制は、国会の提示する政策担当者と政策体系の選択肢の中からその時代にふさわしいものを国民と国会が協同して選択しようとするものであり、議院内閣制の趣旨を強化するものでありこそすれ、その趣旨に反するものではない。
   
議院内閣制というのは、総選挙で実質的に首相を選ぼうというものである。それにもかかわらず、改めて五分の一以上の署名を集めれば首相候補になれるというのであれば、総選挙は一体何のためのものであったのかという疑問が生じるが?
 総選挙は、いわば民意を多様に反映するものである。もし、総選挙の結果、単純に多数派が形成され、その多数派の実質的な責任者が国民投票に登載されれば、国会の意思と国民投票の結果は、同じものになる可能性が高い。
 この場合の国民投票は、その候補者の政策を一層鮮明に浸透させる意味を持つ。
 しかし、多数派が実質的に派閥の連合体的色彩が強く複数の責任者を擁立していたり、国会の勢力分野が少数割拠する場合はどうか。国会における首相選定のプロセスに国民投票を組み込むことにより、政治を国民の目に見えるものにし、各候補者の政策を一層わかりやすいものにして、国民自ら政策を選択する機会を与えられる意味を持つ。
 このように、民選制には、政治状況によっては民意の反映方法として万能ではない議院内閣制の欠点を補完しようとする意義もある。
   
国民投票制度の導入は、憲法の採用する代議制に反すると考えるが?
 現行憲法下における国民投票について議論があることは十分承知している。そこで、首相民選制における国民投票は、いわゆる助言・諮問型のものとした。国民投票といっても千差万別であり、法的効果も、国会の議決に代わる効果を有するものでなければ、法的には何ら問題ないと考えている。
 国民投票は、現代においては、代議制を補完する積極的意味があるとする論評も少なくない。複雑・多様化した社会では、事柄によっては、国会がマクロ的な観点で民意を問うことによって軌道を見極める手段を持つ方が代議制の趣旨を生かすことにつながる可能性も大きいはずだ。
 首相は、国民に対する政策のわかりやすさ、人物判断を問うのであるから、それに最適である。
   
助言・諮問型とはいえ、国会が国民投票の結果と異なる議決をすれば国民投票を行う意味がなくなるのであるから、やはり国会の意思で決めるという憲法の趣旨に違背するものと考えるが?
 法律的には、国会に最終的な自由意思が保障されているのであるから、憲法上問題はないと考えているが、これまでの議論では少なくとも両論ありうるということは承知している。
 事実上国会が拘束されるというのはそのとおりで、むしろそのことを期待している。そして、それが憲法の趣旨に違背するとは考えない。というのも、国会が自らの意思で、首相指名の議決に際して国民の意思を問おうとしているからである。
 国会は政策体系と一対になった候補者を複数用意する。そしてその中から一つを選択する行為を国民と協同で行おうという意思を自ら発意しているのである。候補者の擁立から選択までのプロセス全体が国会の自由意思のもとに行われる。
   
民選首相は象徴天皇制と両立し得ないと考えるが?
 天皇の憲法上の地位、首相・内閣との関係にいささかの変更ももたらさない。
   
首相候補者の擁立は国会議員五分の一以上の署名を要件としているが、これには参議院議員も含まれている。しかし、その時点の民意の反映というのであれは、参議院議員を含めるのは論理矛盾であると考えるが? 
 確かに、参議院議員は、国民投票の際の民意の反映ではない。しかし、参議院は、その時々の民意と無関係ではない。参議院の趣旨に沿う形で民意を反映しながら、良識の府として衆議院とは異なる国政上の意義を持つ。
 候補者擁立の局面においても、国会議員全体の意思形成の一環として、その独自の役割を果たすことが望まれる。この意味で参議院議員を排除する考えはない。
 首相民選制は、憲法第六七条の首相指名手続に、候補者名簿の作成・国民投票・国会指名というプロセス全体を含めているので、候補者名簿の作成に参議院議員を排除することは適当でない。
   
首相は、国会の勢力分野とは直接関係なく選ばれるので、国会に相対少数の支持者しかいない場合が生じ(いわゆるねじれ現象)政治的に不安定な状況に陥ることが必至である。そうなれは、リーダーシップの発揮どころではなくなるだろう。この矛盾にどう答える?
 確かにねじれ現象の可能性がある。しかし、これには、首相民選制がもたらす政治上のダイナミクスという点を主張して反論したい。
 国民投票にかける首相候補者の絞り込みの政治過程は、国民の目に見える形で行われる。国民投票は衆議院総選挙の後に行われるが、実際には、総選挙の選挙戦過程で既に首相擁立を視野に入れた政党間の提携の模索が現れよう。
 選挙過程においてそうなれば、国民の目から見てもわかりやすく、国民の意思が一層国会と内閣に反映することになる。この点、従来の自民党政権や最近の連立政権の場合、国民の意思とは別のところで首相を選定していた。自民党政権下でも安定しているときは一人の首相の政権下で選挙に出て信を問うことがあったが、そうでないことも多く、派閥間の力学が大きく影響していたのである。
 少数派内閣が、少数派ゆえに政策遂行に支障をきたすような事態に立ち至れば、首相がその政策を国民に問うてでも実現したいと考え、かつ、国民の信を勝ち取る自信があるのであれば、衆議院を解散すればよい。

   
政党も公約を掲げて選挙に臨んでおり、他方、これとは独立して首相候補者が公約を掲げて国民投票に臨むことになる。首相民選制では、ある政党から複数の首相候補者が擁立されることがありうるが、候補者たちの掲げる公約と政党の公約とはどう違うか。
これは、政治における政党の重要性からみて首相民選制が持つ本質的矛盾ではないか?
 一つの政党から複数の候補者が立つ場合は、それぞれが掲げる政策が詳細において異なるか、または人間関係上の理由であろう。前者の場合は、選択肢が政党のみの場合より一層きめ細かになることを意味するから、何ら問題がない。後者の場合は、その政党の病的部分であり、それを国民のもとにさらけだすことを意味するから、それ相当の結果となろう。この制度はこのような病的部分をも国民の判断に託すことを意図している。
 政党政治の重要性といささかも矛盾しない。政党が政策の体系として成熟すれば首相民選制は、それらを集約する手段となり、政党が具体的な政策提示というより低次元の利害に縛られている場合には、高次の政策を国会に投げかけることにより、政治を活性化することができる。

   
国民投票が、政策やふさわしい人物の選択というよりも、一種の人気投票に堕する危険があると考えるが?
 その危険はないとはいえない。フランスなどでも大統領選挙に政策論議抜きの人気投票的性格があることが常に指摘されている。しかし、それも、その時々の重要な争点について、実現手段を具体的に盛り込んだ政策が提示されることによって、回避することが出来る。

   
首相民選制を主張する背景には、国会が民意を反映していないのでこれを打開するという認識があるが、それは、政治のあり方の問題を制度の問題にすりかえようとするものではないか?
 確かに政治の問題であるが、制度を改良することによって政治を変えることができるのであれば、果敢に改良を試みるのが政治家の責務である。制度は人間の考え方をも変えるものである。
   
首相民選制を導入すれば、一五〇人規模の派閥が生まれ、抜き難く定着することが必至と考えるが?
 単純に計算すれば最大五人の候補者が擁立されることになるが、国民に提示され選択されるベき政策体系が真に五通りある時代であればそうなることがむしろ望ましいのである。しかし、戦後わが国においてそういう時代があったとは思われないのであって、実際にはさらに絞られるはずである。派閥の数ではなく政策体系の選択肢の数だけ候補者が擁立される方向に国会議員を強制するのがこの制度の狙いである。派閥割拠の傾向が生じても、それが国民の前にさらけ出され、批判を可能にするので、首相民選制には、政策本位の割拠に転換する政治的効用がある。
   
一、二週間の間を置いて二回全国規模の選挙を行うのは現実問題としてかなり困難があると思われるが?
 手続上の問題として最大の問題であると考えている。
 可能な限り国民の負担と財政支出を抑える方法を考えたい。例えば次の様な方法は具体性があるのではないかと考えている。憲法第五四条によって衆議院解散後四十日以内に総選挙が実施され、その投票日から三十日以内に国会を召集しなければならない。投票日から数日後には選挙管理委員会は当選人を確定していることから、三十日以内の国会召集までに二十六、二十七日位の日数猶予があると考えられる。
 衆議院の新当選人と参議院議員とで、首相選挙立候補者を一週間以内に選定し、民選首相選挙運動の期間を十日問程度設定する。そして、投票は不正行為を厳しく罰する法律を制定することによって、郵便投票で行うと、期間を大幅に短縮することが可能となる。選挙運動公示と同時に郵便投票を開始すれば、選挙運動期間終了後、一週間もあれば、すべての投票手続を終了させることができよう。
   
候補者名簿が速やかに作成できないと、職務執行内閣の期間が長くなり、政治的空白が生まれる恐れがあるのではないか?
 候補者の擁立と国民投票に至る過程は、民意への働きかけと民意の発言の重要な政治過程であるから民主政治において不可欠である。そのために憲法が定めた職務執行内閣なのであるから、政治的空白とは考えない。しかしながら、この問の政治に支障をきたさないようにできるだけ速やかに擁立することが望ましいことは言うまでもない。更に、候補者名簿の提出期限をしかるべき時までにと定めれば政治的空白は避けられよう。
以上


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